この記事は2026年3月のアーカイブです。
春の芽吹きを感じる3月。
今日はラディッシュ収穫のお話です。
我が家のプランターは少し種まきが遅かったこともあり、昨年12月初め頃に収穫しました。
家庭菜園の始まりはいつも不安。
芽が出なかったり、芽が出ても根付きが悪かったり…
「大丈夫かな?ちゃんと育つかな?」とそわそわ眺めてばかり。
見ているだけじゃ我慢できなくて、余計な世話を焼いてしまい、さらに元気がなくなることもあります。
——これって、子育てと同じだなあ…と思う瞬間です。
けれど植物の力は偉大で、いつのまにかしっかり土に根を張り、ひょろひょろだった茎や葉も、シャキッと頼もしい姿になっていきます。
親の心配をよそに、子どもは勝手にすくすく育っていく。
気づいたら「いつのまにこんなに大きくなったの?」という姿になっている。
最初は小さな芽だったラディッシュと小カブも、すっかり大きくなっていました。
ラディッシュは初心者向けのごほうび野菜
ラディッシュや小カブは、初心者にやさしい野菜です。
種をまき、適度に水をやり(この秋は雨が多く、あまり水やりの必要もありませんでした)、芽が詰まっているところを間引きするだけ。
それでちゃんと「できた!」という成功体験ができます✨
いよいよ収穫の日。
小カブはもう少し育ちそうだったので、まずはラディッシュから。
新鮮さを味わいたいので、食べる分だけ少しずつ抜いていきます。
抜いた瞬間、とにかくかわいい。
赤紫の小さな実と、みずみずしい緑色の葉っぱ。
まるで絵本のワンシーンのような光景です。
お野菜や果物の色のバランスって、本当に完璧。
見ていると、「描きたい!」という衝動にかられます。

虫との出会いが教えてくれたこと
水菜・ルッコラ・小松菜の間引きをしたときのこと。
虫食いが多かったので「きっといるな…」と思っていたら、案の定。
はらぺこあおむしに出てきそうな、大きなあおむしさん。
私は虫が大の苦手。
以前は絶対に触れませんでした。
でも家庭菜園を始めてから、手袋越しならなんとか触れるように。
自分が育てた葉っぱを夢中で食べている姿を見ると、
「この子たちも生きている命なんだな」と感じます。
でも、大切に育てた葉っぱを食べられては困る…
申し訳ないけれど、そっと移動してもらいました。
家庭菜園は優しいだけじゃない。
住処を追い出したり、ときには命を奪わなければならない場面があります。
自分が食べるために、他の生き物を犠牲にする。
都市で暮らしていると忘れがちな「生きる厳しさ」を、家庭菜園は教えてくれます。
食べることは命をいただくこと
若い農家さんが
「農家は、自分の都合で生かす動物と奪う命を決める仕事。悪魔みたいだと思うときもある」
と書いているのを読んだことがあります。
でも私は、育てることも命を奪うことも誰か任せにして、食べることだけ享受してきた自分の方が、よっぽどひどい生き物だったのかもしれないと思いました。
野菜も、肉も、魚も、私たちが口にするものはすべて「命だったもの」。
自分の手で育て、時に命を奪う経験をするからこそ、食べ物を本当の意味で大切にできる。
娘にも、小さいうちからそういう経験をしてほしいなと思います。
一番おいしい食べ方は、シンプル
収穫したラディッシュは、
「スライスして生サラダが最強!」と教えていただきました。
確かに、素材の味を楽しむには余計な手を加えないのがいちばん。
シャキシャキ、みずみずしく、甘さとほんの少しの辛味。
とてもおいしかったです。

暮らしが創作の根っこになる
生きることは食べること。
食べることは育てること。
育てることは、命を奪うことと背中合わせ。
暮らしの中で学んだことは、これからの創作の根っこになり、作品の中で必ず輝いてくれると信じています。